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ラブデスについて本気出して考えてみた。

なにやらラブデスの歌詞、ナツキさんのブログで物議をかもしているらしいですね。
最初にコメント書いたくせに、そこんところさくっとスルーした私でございますが、別に何も思うところがなかったわけではありません。
ちょっとゆっくり考えてみようかと思いまして。
そんなわけで、自分なりにこの曲の歌詞を解釈して文章にまとめてみました。

※ご注意※
・以下の文章は、当ブログ管理人Mioの個人的かつ主観的解釈に基づいています。
 作詞者の意図とは異なった解釈である可能性が非常に高いです。
 あくまで「いちファンの意見」であることを念頭においた上でお読みください。
 なお、他の方々の意見・解釈を否定するものでもないことを記しておきます。

・以下の文章は、歌詞解釈というその目的上、ポルノグラフィティ26枚目のシングル「Love,too Death,too」(作詞:新藤晴一)の歌詞の一部を引用しております。
 (あくまで引用であり、転載ではありません)
 権利者の知的所有権を侵害する意図はございませんが、不適当な箇所があったらご指摘のほどよろしくおねがいいたします。


……これだけ書いておけば大丈夫かしら(予防線)
では、以上を踏まえ大丈夫そうな方だけ下からどうぞ。










「Love,too Death,too」歌詞解釈

(1)出だしサビ(「Love,too~繋ぎ止められる」)
 まずはこの曲のテーマを出してきた、とみて良いと思います。
 晴一さんが散々おっしゃっているように、「終わりの美学」。
 恋も、人生も、終わりがあるから美しい。
 涙を伴う終わり方だとしても、その涙があるから思い出として取っておける。

 ……ただここで気になるのは、「繋ぎ止め『られる』」という表現。
 このサビのフレーズは計3回出てきますが、ここだけ可能形なんですよ。
 この辺、ちょっと意味深だと思うんですが、うまく解釈できない(涙)
 どなたかお知恵をお貸し願えませんか?

(2)1番Aメロ&Bメロ(「まどろみの中で~覚めていくより」)
 覚えているのは温かいという印象だけで、夢の内容そのものは残らない。
 でも、だからこそ現実とのギャップに苦しむことなく、その余韻に浸っていられる。

 ……前半部分(「~消えていく」)は、こういう解釈で良いでしょうか。
 後半部分は、そんな夢のように「静かに去って行きたい」。
 「惨めに覚めていくより」その方が良い、と。
 この歌詞の主人公は「あなた」との恋の終わりにいるわけですから、「覚める」のも恋。
 となると、サビの部分と考え合わせれば、
 その夢と同じように、あなたへの恋も静かに終わらせたい。
 惨めな思いをする前に終止符を打って、きれいな思い出にしておきたい。

 というような感じになるのでしょうか。
 歌詞を見る限り、「幸せな夢」の内容は覚えていないように見受けられます。
 ということは、この恋も「あなた」を想った事実だけ残っていれば良い、と。
 恋の内容まで覚えていては後々つらくなるから、というのもあるかもしれませんが……
 そこは歌詞に書かれてないので、そこまでの言及は避けておきます。

(3)1番サビ
 前半は上で書いたとおり。
 ただ、「~繋ぎ止めてる」と現在形・断定形になってますので、
 悲しい終わりになって涙しても、それさえ思い出のきっかけになるんだ。
 これくらいの解釈にしておきましょうか。
 後半部分はキーワード満載。
 「小さく」「紙に」終止符を打つ。そこから「残した想いを見つけて」。
 「小さく」ということは、誰かに気づかれる可能性は低いのでしょう。
 さっきの夢の話と一緒。「静かに消えて行きたい」んですものね。
 終止符を打った事実は残したい。でも、そんなに大げさにはしたくない。
 でもここで、「見つけて」と懇願している。
 これはまだ未練があるのか、それとも他に理由があるのか、うーん。

(4)2番Aメロ&Bメロ(「一輪として~気づかなくても」)
 これは区切るとしたら3つかな。花と、星&鳥と、恋と。
 一番言及したいのは当然ながら恋について。
 でもいきなりだとアレなので、クッションを置いているのでしょう。
 まず「花」。全ての花が名前を持ち、その名前に「誇らしく咲く」。
 この「名前」という言葉、おそらく晴一さんは「個性」という意味で使っているのでしょう。
 (「Go Steady Go」や「自宅にて」を読む限り、そういう傾向がありそう)
 どんな花でも個性を持っていて、それぞれの一生を生きている。
 確かにそうね、と納得しやすい話題提示だと思います。
 次に「星」と「鳥」。これで、提示した話題と「恋」をつなぎます。
 まず「星」まで範囲を広げておいて、それから「鳥」まで範囲のレベルを下げてくる。
 これによって、「どんなものでも」花と同じだよ、という印象を与えているのでしょう。
 「僕が知らなくても」はつまり、僕じゃなくてもいいんです。他の誰かに気づかれなくても、と。
 他のどんなものでも同じ。誰に気づかれなくても、自分の一生を彩っている。
 それで、一番言いたかったあなたへの「恋」に言及。
 そう、どんなものでも同じ。だからこの恋も同じなんだよ。
 あなたに気づいてもらえなくても、他のどの恋とも違う始まりと終わりを持ってたんだ。

 自分にとってはかけがえの無い「恋」だったのだと訴えているわけですね。
 ここで何故わざわざ「名前」という言葉を使ったのか、私はこう考えます。
 ナツキさんの言われるように、名前は他人に付けてもらうもの。
 まず自分の存在に気づいてもらわなければ、名前は付けてもらえない。
 つまり、気づいてもらえなかったこの「恋」には、名前はないわけです。
 「あなたに気づいてもらえなくても」とは言っているけれど、やっぱり見つけてほしかった。
 できることなら名前を付けてほしかった。
 そういう意味をこめて「名前」という言葉が使われているのだと思います。

(5)2番サビ
 ひとりの人間の一生は、長い歴史=「続く時間」のほんの一幕。
 1日は、長い人生のほんの一部。
 逆に言えば、続く時間は自分を含めたいきものの一生の積み重ね。
 自分の人生は、(無為に過ごしてしまいがちな)一日一日の積み重ね。
 だから「続く時の意味」を知るには、その一日を意味あるものにする必要がある。
 でも、「自分のキャンバスに色をつけるのを躊躇って」いると。
 ここで「自分のキャンバス」とは、おそらく人生。
 「色をつける」とは、いろいろな出来事を経験し、感じること。
 「色がつく」のではなく「つける」のだから能動的ですね。
 自分から行動を起こすこと、と考えてもいいかも。
 つまり、
 自分の行動が良くない結果を引き起こして、人生のキャンバスが汚れるのが怖い。
 だから躊躇って、何も行動を起こせずにいる。

 のではないでしょうか。
 「意気地の無い僕を笑うかい?」
 それが格好良くないことだっていうのは自分でもわかっているのでしょう。
 だったら最初から恋なんてしなければ良かったのに……
 でも、恋をしたこと自体は大事に取っておきたい、きれいな思い出なんです。
 だから、「愛した心 それまでも無駄なんて言わないで」。
 恋したことは後悔してない。
 そのことで付いたキャンバスの色は、そのまま取っておきたいんですね。
 だからこそ、他に色を塗り重ねて汚くなってしまうのが怖いのかもしれません。
 「あなたが~言いたい」は、素直に受け取っていいのかな。
 あなたを愛していたから、あなたの幸せを一番に願わないといけないのに。
 そうできない自分が悲しい、つらい、と。
 
(6)Cメロ?(「砂のように~人の命」)
 砂→砂時計→流れる時 ではないかと。
 留めておこうとしてもかなわず、そしらぬ顔で過ぎていく時間。
 無常観ですね。
 「何もかも~人の命」も素直に無常観を表していると取ってもいいのですが……
 ここはあえて、別解釈にチャレンジ。
 何もかも知るには短い。つまり、知ることができないものがある。
 生きているうちに気づくことができず、そのままにしているものがたくさんある。
 あなたにとってこの恋は、そんなものの一つだったんだろうね。

 と、ある種の諦めとも取れないことはないと思うのですが。いかがでしょう。

(7)ラストサビ
 結論部分。
 やはりこの恋も終わりがあるから美しいのだ、と自分に言い聞かせているのでしょう。
 「紙に」目に見える形で落とす終止符は、決意の形なのかもしれません。



と、だいぶ怪しいながらも一通り解釈を試みてみたわけですが。
これ実は、私の「ピリオド」解釈の片方に過ぎなかったりして。
今までは「ピリオド」=「恋への終止符」と捉えてきたわけですが……
「ピリオド」 =「人生への終止符」としたら、どうなるでしょうか?

この場合、解釈が大きく変わってくるのは以下の2点です。
1. 「残した想いを見つけて」
2. 「あなたが~言いたい」

まずは、1. 「残した想いを見つけて」。
先程までだと単に「恋への未練」で終わってしまいますが、今回は事情が違ってきます。
何故なら、「僕」が死んでしまえばこの恋を覚えていてくれる人がいなくなるから。
つまり、この恋が確かにあったことを知る人がいなくなる。なかったも同然になる。
だから、せめて最後に気づいて、と。
「僕」が「あなた」に恋をしていたという事実だけでも生かしておいて、という懇願なのではないかと思います。

次に、2. 「あなたが~言いたい」。
先程の主眼はどちらかというと、『あなたが幸せならばそれで良い』にありました。
でも今度の場合、主眼は『言いたい』に移ります。
もう命を閉じる「僕」は、歌詞の雰囲気からして「あなた」に会うことはないでしょう。
だから、「言いたい」けど、やっぱり言えない。

じゃあそもそもどうして「ピリオド」=「人生への終止符」という解釈ができるかというと、絡んでくるのはキャンバスです。
「僕」は「色をつける」のを躊躇うようになってしまった。
さっき書いた通り「色をつける」のは能動的行為。
もし、全ての能動的行為をする気を無くしてしまったら?
もっとざっくり言ってしまえば、なーんにもしたくなくなるわけです。
このまま、何もかも終わりにしたい。そうしたらまだ、キャンバスはいくらか綺麗なままで終われるから。
そういうふうに考えれば、恋の終わりに人生の終わりも選んだとも取れなくはない気がするのです。
……極論ですが。



とまあ、本当かよと自分でも突っ込みを入れたくなるくらいの突拍子もない文章ですが、これにて私の歌詞解釈は終わりでございます。
こんなふうに考えるやつもいるんだよということで。暇なやつだなぁと思っていただければ光栄であります。
「ここはそうじゃなくてこうじゃないの?」という突っ込みのある方、ぜひどうぞ。Mioはむしろそんなコメントをお待ちしています。


それでは、秋の夜長の暇つぶしになっていることを祈りつつ。
長ったらしい文章に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
コメント

こりゃコメしにくいわ。すっげ!がんばったね~!

まずは,お疲れ!
えらく深読みしましたね,Mioさん。 きっと晴一さんも照れ笑いかな。
なんかうちのブログがフリになってるので,申し訳なかったなと。そこまで真剣ではなかったのですが。
で,真摯に応えるべく,うちのブログに実験的に記事挙げてみました。
そのうち削除するかも。見に来てみてね。
http://nakky77.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-70f9.html

コメントお返事です。

>ナツキさん
わ、ありがとうございます!
これ、読んだ人は絶対コメしにくいだろうなぁと思ってたので、反応いただけてありがたいです(感涙)
深読みしすぎて自分でも収拾付かなくなってますが(汗)でも考えるのは楽しかったので。
きっかけ下さってありがとうございます!
これからナツキさんのも読ませてもらいますね。

遅くなりましたが…

この文章を3回読んで、その間にラブデスを8回聴きました。考えすぎて遅くなっちゃいました

私は『この部分が…』とかじゃなく、いつも雰囲気でざっくり受け止めてしまうタイプなんで細かいコトはあんまり言えません…すいませんm(__)m

私はこの世界観はサウダージに似てるなって思ってたんです。『あなたが幸せならば~』ってのがすごく印象的だったんですが、『せめて最後は笑顔で飾らせて』って部分と繋がる気がします。自分はどれだけ未練があっても、相手には最後まで嫌な自分を見せたくない…みたいな。
Mioさんのおっしゃるように、『ピリオド』って意味が難しい部分もありますけどね(((^^;)私は、『自らの想いに対する終止符』かなって思ってました。誰にも気付かれずに、この想いにピリオドを打つ。みたいな!

やっぱ自分で書いてて分からなくなりました(-""""-;)Mioさんに倣って精進します。

コメントお返事です。

>そらさん
3回も読んでくださったとは!
ありがとうございます。というより、乱文&長文ですみませんでした(汗)
私もいつもは雰囲気でざっくりですよ。今回初めて細かく見てみたので、色々と破綻してる部分がありそうで怖いです(笑)

なるほどー、サウダージっていう発想はなかったなぁ。確かに言われてみればそうですね。両方とも「最後は綺麗な終わりにさせてほしい」っていう意図が読み取れますもんね。
やっぱり人によって色々な読み方があるなぁ。面白いです。

この歌詞はすごく抽象的な世界を書いてるから、これだけ様々な見方ができるのかな。詞の読み方に正解はないと思うけれど、この作品は特にそれが顕著ですよね。
私もまだまだ修行が足りませんが、いろんな意見が聞けて面白かったです。
ありがとうございました!
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