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黄昏について本気出して考えてみた。

アヤさんとメールをしていて、「黄昏ロマンス」の歌詞解釈をして欲しいと言われたので、今回は黄昏ロマンス。
そらさんからいただいてるリクエストは、そのうちやります。
多分次は憂色。
ちなみに過去の歌詞解釈はこちら

今回も恒例の予防線です。

※ご注意※
・以下の文章は、当ブログ管理人Mioの個人的かつ主観的解釈に基づいています。
 作詞者の意図とは異なった解釈である可能性が非常に高いです。
 あくまで「いちファンの意見」であることを念頭においた上でお読みください。
 なお、他の方々の意見・解釈を否定するものでもないことを記しておきます。

・以下の文章は、歌詞解釈というその目的上、
 ポルノグラフィティ「黄昏ロマンス」(作詞:新藤晴一)
 の歌詞の一部を引用しております。
 権利者の知的所有権を侵害する意図はございませんが、
 不適当な箇所があったらご指摘よろしくおねがいいたします。


それでは、以上を踏まえた方だけ下からどうぞ。



この曲、大人の恋愛って雰囲気で大好きなんですが、ちょっと意味の取れなかった部分もあり。
アヤさんいわく「意味がわからなさ過ぎて嫌い」とのことでしたので、自分なりの解釈をしてみました。

①「君の前では~乗れてはいないけれど」
まず最初に引っかかった部分は、
「足りないなら問いつめてよ いらないなら捨ててよ」。
「はしゃぎすぎた季節から黄昏に変わってゆく」んだから、もういい大人のはず。
なのに、ちょっと極端すぎやしませんか? って。
ということは、
「君の前では~見当違いなら承知さ」=「はしゃぎすぎた季節」なのかな、と。
まだまだ未熟で不器用で、馬鹿正直で、極端から極端に走ってしまうような。

人間の人生を季節に例えて「青春・朱夏・白秋・玄冬」と言いますよね。
青春は「未熟だけど、これから熟していく勢いを持った時期」。
朱夏は「人生の真っ盛り」。
前半はひとり立ちして仕事に励み、後半はその成果の刈り入れをする時期だそうで。
とすると、まだ未熟だった青春時代や、人生の盛りを迎えて色々なことに全力投球だった朱夏の前半期=「はしゃぎすぎた季節」を終えて、これからその成果を受けて人生の終盤=「黄昏」に向かう、ってことではないかと思うのですよ。
で、僕はまだその季節の変化には上手に乗れていない、まだ「はしゃぎすぎた季節」を引きずっている=未熟な部分もあるけれど、とした上で、1番サビに向かうわけです。


②「何一つ~ねぇ気づいてる?」
ここは、日本語的には語順がちょっとおかしい気もします。
そのまま読むと、ちょっと意味が取れない。
たぶん、「まだ生きるとして」が挿入句みたいなことになってるんだと思うのですが。
「僕たちが経験してきたことは、まだ何一つ終わってやしない、続いてるものばかりだ。
 それなのに、終わりに向かっていくこの先の人生には、いま始まりを迎えたものや、これから始まりを迎えようとしているものばかりなんだ。僕たちが、まだ生きていくとすればね。
 ねぇ、君はそれに気付いてる?」
人生は確かに終わりに向かって進んでいるけれど、これからも生きていく自分たちにはまだまだ「始まり」が残されているんだよ、やれることはいっぱいあるんだよ、これから築いていくものもたくさんあるんだよ、という感じでしょうか。


③「いつの日か~増やせてあげられたかな」
ここはほぼ書いてある通りだと思うんですよね。
そんな風にいよいよ終わりを迎える「玄冬」に入ったら、君の幸せがどこにあったか、について思い返してみるんだろう。
そんな君の幸せを、一つでも増やしてあげられたかな?
その時に「増やしてあげられた」と言えるように、いま何ができるかな? って感じでしょうか。


④「君のすべて~Close to your life」
君の幸せを増やしてあげられるように、君の全部をわかっていてあげたい。
「そんなこともあったね」と頷いてあげられるように、そっと君の人生に寄り添うよ、と。
1番Aメロの「見当違いなら承知さ」のやけくそ極端具合から一転して、すごく落ち着いた印象。
包んであげられるくらいの器の大きさを身につけた、ってことでしょうか。


⑤「何一つ~気づいてる?」
これは1番サビと一緒。
そっと寄り添って生きていくから、これから迎える始まりも、いままで続いてきたものも、一緒に築いて良い形で終わらせていこうね、という感じかな。


以上、こんな感じで。
青春時代みたいに浮かれてはいないけれど、しっとりした大人の恋愛の雰囲気。
この二人が結婚していたとしても、確固たる愛だけじゃなくてロマンチックな「恋」の部分もありそうだなぁと思いました。「君のすべてわかってあげたい」とかね。
いずれこんな恋愛もしてみたいですが、とりあえず浮き立つような恋もしてみたいです(笑)


【2/27 追記】
ナツキさんから、「君」=「音楽」という別の解釈を頂きました。
(詳しくはこちら↓
http://nakky77.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-0a05.html?cid=55083567#comment-55083567
「僕」=バンドマンとして、自分の音楽に対する姿勢ってことでしょうか。
昔はがむしゃらにやってたけど……みたいな。
ちょっと目から鱗。そんなの思いつかなかった。
で、ナツキさんにちょっと質問なんですが、それだと2番の「君にとっての幸せ」ってなんでしょう?
音楽を聴いた人がハッピーになること?
晴一さんがよく言っている、「音楽は皆が幸せになれる」っていう、あれですかね?
で、それを「一つくらいは増やせてあげられたかな」っていうのは、音楽を通して皆をハッピーにすることができたかな、ってことなのでしょうか。
「君が話す全部に頷けるようにね」もちょっとわかんない……
音楽を擬人化すると、なんだか一気に難しくなるんですが(笑)
ナツキさーん、HELP!!
コメント

No title

お疲れさまです!!いいですね~、たそろま。
もう良い大人なのに、『君』の前では素直になれないこの主人公。
ふと思ったんですが、こいつ晴一サンっぽいって気がしませんか??
なんっていうか、少年っぽいって感じのところが。
晴一サンの素直な考え方が、そのまま詞に映ったのかなー、とか思いました(^^*)
次回も楽しみにしてまーす★

とりあえず好きな人がほしい

はー、なるほど。
私、サビの「何一つ~ねぇ気づいてる?」てとこが、特に意味不明で。
でも、なんかスッキリ解決したかもですよ~ん♪
そのまま読んでたから訳分かんなかったんですね。

これから、iPodで「黄昏ロマンス」が流れてきても、飛ばさずに聞いてみようかと思います。笑

No title

あ、私も「まだ生きるとして」の意味が全然わからなくて;
ん?「まだ生きると知って」?とか勘違いしてたりもしました(笑
そうか、挿入的な感じなんですね!

ちょっと逃避中のなつでした(笑

コメントお返事です。

>翔太さん
たそろま、いいですよね~v
あー、晴一さんかぁ。
確かに、大人なんだけど、少年ぽいところを持ってるあたりは似てるかも。
そういうところも好きですが(笑)
はーい、次回もがんばりまーす。


>アヤさん
少しは好きになれました?(笑)
サビのところは、私もちょっと悩みました。
普通に読んだら意味が取れないですもんね。
いままで飛ばしてたの!?
もったいない!
これからはちゃんと聴いてあげてください(笑)


>なつさん
おや、テストの呪縛は大丈夫なのですか?(笑)

「まだ生きるとして」の位置がね、ちょっとややこしいところにありますもんね。
「まだ生きるとして」を外して読めば、
「何一つ終わってやしないのに 僕らには始まりや始まってないものばかりさ ねぇ気づいてる?」
って意味が通るので、やっぱり「まだ生きるとして」は挿入句なんだと思います。
曲先だから、語呂を考えるとこういう語順になっちゃうのかな?

ちょっと覗いたつもりが,あわてて書き込み。

あやや,早速MiOちゃん,ありがとう!(今覗いてびっくり!)
でもね,えへへ,追記コメ出してたんです。
以下コピペ。↓
追記
今Wikipedia見たら,「たそロマ」は晴一氏がドラマ「一番大切な人は誰ですか?」の台本読んで書いたんだって。
あは,全くの妄想でしたね・・・。すんまっそーん。(*´v゚*)ゞ

そっか,たそロマは「一番大切な人は誰ですか?」ってドラマの主題歌でしたね。
で,そのドラマに飛んだら,あらすじ書いてあって,「ふ~ん,なるほど!」って感じでしたよ。
もちろん,上の「君にとっての幸せ」「一つくらいは増やせてあげられたかな」も「君が話す全部に頷けるようにね」ってのも,私なりの解釈あったのですが。(「音楽」ってものを擬人化して語りかけてる設定で) とほほの結末になって申し訳なーい・・・。

コメントお返事です。

>ナツキさん
あら、そうだったんですか。
そういえばそんなこと書いてあったなぁ、Wikipedia。
ずっと前に見たから忘れてました(笑)
でも、解釈としては普通に面白いですよね。
そのナツキさんなりの解釈も聞きたいなぁ……ダメ?(笑)
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